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東京高等裁判所 平成元年(ラ)327号 決定

抗告人(債権者) システムサイエンス株式会社

右代表者代表取締役 菅野清

右訴訟代理人弁護士 平田達

同 小林和彦

同 岡本政明

相手方(債務者) 東洋測器株式会社

右代表者代表取締役 村谷紀夫

〈ほか一名〉

主文

一  原決定を次のとおり変更する。

1  相手方らは、別紙目録三(一)、(二)及び(四)記載のプログラムを複製あるいは翻案してはならない。

2  相手方東洋測器株式会社は、別紙目録三(一)(二)及び(四)記載のプログラムを収納した別紙目録二(一)ないし(四)及び(九)記載の装置を頒布し、又は頒布のための広告もしくは展示をしてはならない。

3  相手方株式会社日本テクナートは、別紙目録三(一)、(二)及び(四)記載のプログラムを収納した別紙目録二(一)ないし(四)及び(九)記載の装置を頒布してはならない。

4  抗告人のその余の申請を却下する。

二  申請費用及び抗告費用はこれを二分し、その一を抗告人の負担、その余を相手方らの負担とする。

事実

第一抗告の趣旨

1  原決定を取り消す。

2  主文第一項1ないし3と同旨

3  相手方らは、別紙目録三(三)記載のプログラムを複製あるいは翻案してはならない。

4  相手方東洋測器株式会社は、別紙目録三(三)及び別紙目録四記載のプログラムを収納した別紙目録二(五)ないし(八)記載の装置を頒布し、又は頒布のための広告若しくは展示をしてはならない。

5  相手方株式会社日本テクナートは、別紙目録三(三)及び別紙目録四記載のプログラムを収納した別紙目録二(五)ないし(八)記載の装置を頒布してはならない。

6  申請費用及び抗告費用は相手方らの負担とする。

第二当事者の主張

一  次のとおり付加するほか、原決定第四頁第四行ないし第一七頁第七行の記載を引用する(ただし、「債権者」とあるのは「抗告人」と、「債務者」とあるのは「相手方」と、それぞれ読み替える。また、原決定第一四頁第三行の「技術試料」を「技術資料」に改める。)。

二  抗告人の主張

CA―9プログラムがCA―7Ⅱプログラムを翻案したものであることは、次の事実から明らかである。

1  プログラムの表現は指令の組合わせであるから、たとえ個々の制御コード、出力番地及び出力指令がハードウエアに規制されその処理の流れが同一であっても、その指令の組合わせが同一になる必然性はない。

そして、CA―9プログラムはCA―7Ⅱプログラムの基本的機能部分を抜粋したものであるが、基本的機能のプログラムであっても創作性を有し得る。すなわち、プログラムの創作性は、指令を組み合わせたものとしての表現の自由度に規制されるが、右組合わせの自由度はそのプログラムの機能が基本的なものであるか応用的ものであるかとは無関係であるから、CA―9プログラムが基本的機能部分のプログラムであることから、直ちにCA―7Ⅱプログラムの創作性がない部分に対応するものとすることはできない。

2  「本体側よりデータ入力後の処理ルーチン」について

プログラムにおける創作性は「単なる個性の現れ」の程度で足りると解すべきところ、「本体側よりデータ入力後の処理ルーチン」は多くの効率的な表現が可能であるが、CA―7Ⅱプログラムの同ルーチンは、後に容易に変更し得るように冗長に作成されているから、個性が十分に現れており、創作性があるというべきである。

なお、原決定は、CA―7Ⅱプログラムの「本体側よりデータ入力後の処理ルーチン」におけるサブルーチンは、プログラムの量を抑えるとの観点からすればだれが作成しても同一になるようなものであると認定しているが、最少のプログラム量によって最高速で結果を得ることが直ちに合理的なプログラムということにはならない。個々のプログラムの合理性は、開発時間、記憶容量の余裕、処理時間の必要性あるいは改変の容易性等、個々の開発環境に応じ効率及び経済性を考慮して定まるのであり、そのために指令の組合わせに個性が現れ得るのであるが、CA―7Ⅱプログラムは記憶容量及び処理時間に十分余裕がありプログラム量を抑える必要はないのであるから、だれが作成しても同一になる必然性は全く存しない。

3  「プリンター動作不能時の処理ルーチン」について

疎乙第四二号証には三例の「プリンター動作不能時の処理ルーチン」が示されているが、これらの指令の組合わせはいずれもCA―7Ⅱプログラムの指令の組合わせとは全く異なっている。このように、たとえアルゴリズムが同一であっても指令の組合わせは容易に同一にならないことは明らかであるから、CA―7Ⅱプログラムは「プリンター動作不能時の処理ルーチン」においても創作性があるというべきである。

理由

一  《証拠省略》によれば、抗告人の業務に従事する代表取締役である菅野清及び取締役である唐沢誠が、抗告人の発意に基づいて、昭和五六年三月ころまでに別紙目録三(四)記載のプログラム(MICプログラム)を、昭和六〇年九月ころまでに別紙目録三(一)記載のプログラム(ZA―FMⅡ暫定版プログラム)及び別紙目録三(二)記載のプログラム(ZA―FXⅡ暫定版プログラム)を、また昭和六一年三月ころまでに別紙目録三(三)記載のプログラム(CA―7Ⅱプログラム)をいずれも職務上作成したこと、並びに、抗告人はMICプログラムを複製し収納したROMを回路基盤に装着した別紙目録一(四)記載の装置を昭和五六年一二月ころに、ZA―FMⅡ暫定版プログラム及びZA―FXⅡ暫定版プログロムを複製し収納したROMを回路基盤に装着した別紙目録一(一)及び(二)記載の装置を昭和六一年二月ころにそれぞれ販売して、各プログラムを自己の著作の名義の下に公表したことが一応認められる。そうすると、別紙目録三(一)ないし(四)記載のプログラムの著作権は、抗告人に属することが明らかである。

この点について、相手方らは、別紙目録三(一)ないし(四)記載のプログラムは相手方東洋測器株式会社の発意に基づいて相手方東洋測器株式会社の業務に従事した抗告人の技術者らが職務上作成したものであるからその著作権は相手方東洋測器株式会社に属し、仮にこれが認められないとしても、別紙目録一(一)ないし(四)記載の装置は相手方東洋測器株式会社が費用を負担して開発したもので抗告人は相手方東洋測器株式会社の指示に基づきその製造を担当したにすぎないところ、別紙目録三(一)ないし(四)記載のプログラムは別紙目録一(一)ないし(四)記載の装置のためにのみ作成されたものであるから、相手方東洋測器株式会社は別紙目録一(一)ないし(四)記載の装置を抗告人から譲り受けたことによって別紙目録三(一)ないし(四)記載のプログラムの著作権も譲り受けたというべきであると主張する。しかしながら《証拠省略》によっても、抗告人の代表取締役である菅野清及び取締役である唐沢誠が相手方東洋測器株式会社の業務として前記各プログラムを作成したこと、あるいは、抗告人と相手方東洋測器株式会社との間で別紙目録三(一)ないし(四)記載のプログラムの著作権の譲渡が黙示的にせよ合意されたことについて疎明の心証を得ることはできないから、相手方らの右主張は採用できない。

二  相手方らが過去において(相手方東洋測器株式会社の準備書面一二によれば、昭和六三年一二月二六日まで)別紙目録三記載の各プログラムを複製し収納したROMを回路基盤に装着した別紙目録一記載の各装置を頒布し、又は頒布のための広告若しくは展示したことは、相手方らも認めて争わないところである。そうすると、相手方らが将来においても別紙目録三(一)、(二)及び(四)記載の各プログラムを複製あるいは翻案するおそれ、及び、これを収納した別紙目録二(一)ないし(四)及び(九)記載の装置を頒布し又は頒布のための広告若しくは展示をするおそれがあることは、直ちに否定し難いというべきである。

この点について、相手方らは、別紙目録三記載のプログラムの複製は既に中止し新規なプログラムに変更する予定であると主張し、相手方ら間においてZA―FMⅡ暫定版プログラム及びZA―FXⅡ暫定版プログラムに代わるプログラムの開発契約を締結した旨の昭和六三年一二月二〇日付け開発委託契約書を提出している。しかしながら、相手方らにおいて現在までに別紙目録二(一)ないし(四)及び(九)記載の装置に利用し得るプログラムを作成し、かつ、それらのプログラムがZA―FMⅡ暫定版プログラム、ZA―FXⅡ暫定版プログラムあるいはMICプログラムの著作権を侵害するものでないことが全く疎明されていない以上、単に相手方ら間においてプログラムの開発契約が締結されたとの一事のみをもって、相手方らが別紙目録三(一)、(二)及び(四)記載の各プログラムの複製あるいは翻案をするおそれ等が消滅したと判断するのは早計というべきである。

三  相手方らが別紙目録四記載のプログラム(CA―9プログラム)を複製し収納したROMを回路基盤に装着した別紙目録二(五)ないし(八)記載の各装置を頒布し、又は頒布のための広告若しくは展示をしていることは当事者間に争いがないところ、抗告人は、CA―9プログラムはCA―7Ⅱプログラムを翻案したものであると主張する。

しかしながら、あるプログラムがプログラム著作物の著作権を侵害するものと判断し得るためには、プログラム著作物の指令の組合わせに創作性を認め得る部分があり、かつ、後に作成されたプログラムの指令の組合わせがプログラム著作物の創作性を認め得る部分に類似している事が必要であるのは当然であるが、CA―7Ⅱプログラムのうち抗告人が指摘する部分には、指令の組合わせに創作性を認め得ることは疎明されていないというべきである。

すなわち、プログラムはこれを表現する記号が極めて限定され、その体系(文法)も厳格であるから、電子計算機を機能させてより効果的に一の結果を得ることを企図すれば、指令の組合わせが必然的に類似することを免れない部分が少なくないものである。したがって、プログラム著作物についての著作権侵害の認定は慎重になされなければならないところ、《証拠省略》によれば、別紙目録二(五)ないし(八)記載の装置においては計測モード切替え、キーボード入力、計測エリア設定、計測及び共有メモリ書込みの機能はすべてハードウエアが行い、CA―7ⅡプログラムあるいはCA―9プログラムが相当すべき作業はプリンタ部分(計測データ等が共有メモリに書き込まれるのを待ってこれを読み出し、プリンタ用コードに変換して出力する。)のみであること、「本体側よりデータ入力後の処理ルーチン」の指令の組合わせは、ハードウエアに規制されるので本来的に同様の組合わせにならざるを得ないこと、「プリンター制作不能時の処理ルーチン」(すなわち、プリンタ待ちの処理ルーチン)は、CA―7ⅡプログラムもCA―9プログラムも共に極めて一般的な指令の組合わせを採用していること、及び別紙目録二(五)ないし(八)記載の装置においては四〇〇〇H以降がRAMエリアであるから、サブルーチンのスタックを区切りのよい四一〇〇Hにセットすることは常識的であることが一応認められる。なお、プログラムにおける「処理の流れ」自体は、アルゴリズム、すなわち著作権法第一〇条第三項第三号に規定されている「解法」であって著作物としての保護を受けない部分であるから、プログラムの創作性とは無関係である。

以上のとおり、CA―7Ⅱプログラムのうち抗告人が指摘する部分の指令の組合わせに創作性を認めることは困難であることに加え、CA―7Ⅱプログラムが一二キロバイトであるのに対しCA―9プログラムムは七六三バイトであり、しかも抗告人が両プログラムの類似部分として挙げるのは極めてわずかなバイトにすぎないことをも併せ考えれば、CA―9プログラムがCA―7Ⅱプログラムを翻案したものであるとの疎明の心証を得ることは到底できない。抗告人が援用する《証拠省略》は、右判断を左右するに足りない。

そして、相手方らがCA―9プログラムを複製し収納したROMを回路基盤に装着した別紙目録二(五)ないし(八)記載の各装置を頒布し、又は頒布のための広告若しくは展示をしていることは当事者間に争いがないこと前示のとおりである以上、相手方らにおいてCA―7Ⅱプログラムを複製あるいは翻案するおそれ、及び、これを収納した別紙目録二(五)ないし(八)記載の装置を頒布し、又は頒布のための広告ないし展示をするおそれは、もはや消滅したと考えるのが相当である。

四  以上のとおりであるから、抗告人の本件申請のうち別紙目録三(一)、(二)及び(四)記載のプログラムに係る部分は理由があるが、同目録(三)記載のプログラムに係る部分は理由がない。よって、これと結論を一部異にする原決定を主文第一項のとおり変更することとし、申請費用及び抗告費用の負担について民事訴訟法第九六条、第八九条、第九二条及び第九三条を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 藤井俊彦 裁判官 春日民雄 岩田嘉彦)

〈以下省略〉

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